久しぶりに帰郷された方はおられませんか。そこで、少し歩いて見ると、この町や村はこんなにも小さかったのかと感じられませんでしたか。ちなみに、それは帰郷の都度感じていることなのですが、年数が経つにつれて小さくなっていくように感じるのは何故でしょうね。
今回、故郷を離れて45年目で10回目の帰郷を懐かしんでいた時のことです。突如として脳裏に浮かんできたのです。「あー、ここが自分の『原点』なのか」と。
『故郷が教えてくれるもの』正しくその言葉が同時に浮かんで来ます。そして今までの帰郷では感じなかった感情が頭を巡ってきます。「確かに、家も人も減ったけれど、ここが私のルーツだ!私の原点だ!」と思い起こさせてくれたのです。
故郷で過ごした15年の軌跡
残念ながら、生まれ育った家屋はすでになくなっている。何度目かの帰郷まではそのままの姿が残っていた。でも、6回目の帰郷の時には半分解体されていた。そして7回目には更地になっていた。さらに、8回目では近所の方の倉庫が建っていた。その倉庫は今回も変わらずそこにある。
懐かしき通学路。家から小学校までの通学路は変わらずにそのまま今もある。でもこんなに近かったのかと不思議でならない。一方、中学校までの通学路は舗装されていた。あの頃、毎日、雨の日も風の日もそして雪の日も自転車で3kmの砂利道を峠越えして通っていたものだ。しかし今は、こんなにも暗く寂しい道をよく通っていたものだと思う。ところが、こんな田舎で過疎地なのに新しい道が出来ていたりする。これも不思議なことだ。
しかしながら、小学校は今は違う小学校に統合され、9回目まではその校舎を残していたのに、今回は解体されて新しい公民館に変わっていた。さらに中学校も廃校になっていて、寂しいことに母校が二つとも無くなってしまった。
そんな故郷が教えてくれるものがある。それは、
- この地が私を育んでくれた
- この地で両親の愛をいっぱい受けてきた
- この地で兄や姉たちに可愛がられてきた
- この地の心温かい人たちに囲まれて、その中で笑顔で頑張って来れた
- その『恩』を忘れることは絶対にない
- ただ、この故郷の山々や空気そして出会う人たちの笑顔の挨拶と、親切で優しい表情だけは変わることがない
終いに
帰郷の度に寂しくなって行く故郷を見て、「よくこんな所で育ってきたなあ」という想いが強くなってくるのですが、それでも、私はこの故郷を誇りに思っています。
確かに、この故郷にあと何度帰れるだろうかと考えますが、今回の帰郷で私の故郷は教えてくれたのです。それは「ここが私の『原点』なのだ」と。そう思うと、私にはまだまだやれることがある、やらなくてはいけないことがある、いつの日か、「故郷に恩返しをしたい」その想いを胸に生きて行くことを教えてくれたように思うのです。お蔭様でまた新しい希望が出来ました。ともあれ、あと10年以内に成し遂げねばと心に刻みます。
どうか皆様にとっても故郷はかけがえのないものであることを願うばかりです。しかし、中には故郷と呼べる所はないと言われる方もおられるでしょう。でしたら、住んでおられた地を巡ってはいかがでしょう。一番心に残っている地が見つかると思うのですが・・・。
今回もここまでお読み下さりありがとうございます。
2024年3月5日 さえき ひかる


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