皆様の中に、大切な動画が録画されているHDDが、間違ってリセットされたり、逆に、やむを得ずリセットせざるを得なかった経験のある方はおられませんか。
ちなみに、これはとても辛い経験なのですが、なぜか、リセットされた後に訪れるものはショックだけではないのです。
初めての経験は、家族で使っているHDDを妻が間違ってリセットしてしまった時です。その時は妻もショックを受けながらも、私に対しての申し訳なさで、さぞかし辛かっただろうと思います。一方で、すぐに電話連絡を受けた私も呆然とした記憶があります。
本当に初めての経験では「なんてことを!」と怒りに満ちた思いもありましたが、間違ってリセットしてしまったことなのでそれほど責めることは出来ません。
それから数年経って、2回目は自分自身がリセットしたのです。これは個人用のHDDでしたが、急に動かなくなり、ネット検索の結果、もうリセットするしかないと判断して実行しました。本当に辛かったですねえ。
そして3回目。今回も自分自身で個人用のHDDが同様に動かなくなりました。さらに、ネット検索の結果でも、やはりリセットするしかない状況になりました。しかし、このように何度も経験してしまうと、ショックの度合いが異なっていることに気づきます。
そうなのです。まさに『リセットされた後に訪れるもの』はショックだけではなく『開放感』なのです。
“ リセットされた後に訪れるもの ”
- よくよく考えれば、無くなってどうにかなるものでもない
- 見なければと思っていた楽しみが微かなプレッシャーとなっていた
- その微かなプレッシャーが小さなストレスになっていた
- そのストレスから解放された自分に気づく
- もう過去の録画を見る、そんな時間はなかったのだということに気づく
- 気にすることはない。見なくとも自分の将来に問題はないということに気づく
- ちっぽけなこと、瑣末なことだということに気づく
- もう、くよくよすることはない
- 諦めることの大切さに気づく。未来に対してではない、過去の判断に対して
- そして、いつもと変わらぬ朝が来る
終いに
もちろん、このような感覚は初めてなのですが、ショックを受けてから数時間〜数日を経ると、そこには大きな『開放感』が待っていてくれたのです。とはいえ、初めて経験される方も最初は大きなショックを受けるとは思います。しかし、それを乗り越えていく過程で、この『開放感』を感じられるはずです。
仮に、とても大切なものがあったとして、一度録画したものならば、今の世界では何とか手に入れることができるのではないでしょうか。そこで、リセットしたものは「見なくても良かったもの」だと気持ちを変えて、さあ、スッキリした心で外へ飛び出しましょう。
『見たかったもの』よりも、『今見たいもの』を優先する自分に!
今回もここまでお読み下さりありがとうございます。
2024年2月25日 さえき ひかる


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